企業経営を取り巻く時代背景(投資家の動き)


2010年代の企業経営の時代背景を見るに当たっては、「新自由主義」*の流れの中で、ステークホルダーでの株主の位置が、「株主主権(株主が企業の主権者)」へと急速に強化された点が、たいへん重要となります。
      *:すべてを市場原理にまかせ、資本の利潤の最大化を主張。

日本は、従来「年功序列・終身雇用・企業別組合」を特徴とする経営が主流でありましたが、企業の不祥事や反社会的行為が繰り返され、企業の社会的責任を重視する流れの中で、「ステークホルダー」という形で、株主、従業員、顧客、調達先、地域社会等、幅広く主権者を捉えるようになってきました。

そして、2003年頃から、日本の経営者団体の経団連も「公正な競争を通じて利潤を追求するとともに、広く社会にとって有用な存在でなければならない」という文言を『企業行動憲章』に入れるなど、企業の利益と社会的課題の解決を両立させる「CSR(企業の社会的責任)」が盛んに語られるようになりました。

一方で、1990年代に掛けて、高度経済成長後の製造業の海外進出が続く中で、アメリカ政府は、日本政府との交渉の焦点を「貿易」から「投資問題」に転換しました。そして、1989年の「日米構造協議」以降、株式持ち合いの解消や日本市場の閉鎖性の解放・直接投資の環境整備等を繰り返し求めるようになりました

2000年代に入ってからは、村上ファンド等のヘッジファンドの過激な株式投資活動が、話題をさらいました。彼らは「物言う」株主(アクティビスト)と呼ばれ、「経営効率を高め株価や配当を引き上げる目的で、低収益事業の売却、高収益事業の買収・合併(M&A)、経営資源の集中、コスト削減、手元資金の活用、改革に消極的な役員の退任、改革推進派の役員選任などを要求する傾向」(日本大百科全書より)がありました。上場企業各社は株式持ち合い等で、対抗策としました。

この頃になると、投資家は外国企業の株式取得に資金を集中し、国外での有価証券の保管・管理、元利金・配当金の代理受領や運用成績の管理、議決権行使などの業務を、投資家に代わって行う「カストディアン(資産管理信託会社)」と呼ばれる現地の金融機関に委ねるようになりました。2000年から2001年にかけて、日本の金融機関(三井住友トラスト・ホールディング、三菱UFJ信託銀行、みずほフィナンシャルグループ)が設立したカストディアンが、次第に、日本の上場企業の株主の上位に名を連ねるようになりました。

ヘッジファンドが「物言う」株主(アクティビスト)と呼ばれ、徐々に投機性の強い金融派生商品の分野に流れたのに対して、これらのカストディアンは、株式持ち合いの株主や銀行・保険会社等の機関投資家と共に「物言わぬ」株主(サイレント パートナー)と呼ばれ、上場企業での株式の保有数を拡大して行きました。2010年から2015年になると、日本のカストディアンが日本の大企業の大株主の1位、2位をほぼ独占するようになりました。(川崎重工も、およそ20年来、日本マスタートラスト信託銀行と、日本トラスティ・サービス信託銀行のカストディアン2社が上位株主として名を連ねています。)

カストディアンの背後には、多くの資産運用会社がおり、その裏には年金基金や保険会社などの機関投資家、さらにはヘッジファンドなどの投機筋もいます。このため、カストディアンの最大の目的は、「保有資産(ポートフォリオ)の収益最大化を目指すこと」であり、「運用収益を上げる」ことが「忠実義務」となっています。カストディアンの支配力の拡大とともに、企業に対して「投資収益の最大化」をいっそう迫るようになり、後述のように第二次安倍内閣の金融・経済政策にも強い影響を与えていきます。企業の側でも、「ROE(株主資本利益率)」あるいは「ROIC(投下資本利益率)」という経営指標を、重視するようになりました

そのような中、2008年のリーマンショックによる金融危機では、投資企業への監視や対話が不十分であったことが事態を深刻化させたという反省に立ち、2010年に、英国で、機関投資家のあるべき姿を規定したガイダンスとして、「スチュワードシップ・コード(「責任ある機関投資家」の諸原則)」が採用され、機関投資家に投資先企業の中長期的成長を促すために求められる自己規制が、要請され始めました。 

ところが、日本については、2008年、68の海外有力機関投資家が会員であるAsian Corporate Governance Association(ACGA)が、『日本のコーポレート・ガバナンス白書2008年』として、日本の上場企業に、6項目[@企業所有者としての株主、A資本の効率的活用、B独立した立場からの経営陣の監督、C新株引受権、Dポイズンピル(廃止)と(正当な)買収防衛策、E株主総会と議決権行使]の株主価値志向コーポレートガバナンスを強く求めてきました。

具体的には、「上場企業の所有者は株主であり、経営者ではない」という国際的ルールに従うこと、「資本の効率的活用で株主価値の最大化」を図ること、「売上高を伸ばし、雇用を守ろうとする」のは「収益性や株主価値の低下を招く」ので、企業全体だけでなく各事業もROE(株主資本利益率)の目標値を設定すること、「最低3人の独立社外取締役を可及的速やかに指名」(長期的には半分以上)することなどで、“株主利益を最大化せよ”という「新自由主義」そのものの高飛車な物言いとなっています。

この内外の流れを受けて、2013年6月、第二次安倍内閣は、アベノミクスの「成長戦略」として『日本再興戦略』を閣議決定しました。そこで、アメリカ政府の要求に積極的に応え、外資買収ファンドが自由に活動できるようにグローバル化を進めること、そのために「事業再編や事業組換を促進し、経営資源や労働移動の円滑化を支援する」こと、経営者に思い切った判断を促すための仕組みとしてコーポレートガバナンス強化を打ち出しました。そして、2014年2月に、金融庁が『「責任ある機関投資家」の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》―投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために』として制度化しました。

2014年6月には『「日本再興戦略」改訂版』が閣議決定され、その中で、日本の企業が「稼ぐ力」を取り戻すために、「グローバル水準のROEの達成」が強調され、ROE改善が国家目標とされ、機関投資家や社外取締役の力で経営者に大胆な事業再編やM&Aを迫るコーポレートガバナンスの制定を最優先として位置づけられました。その後、経済産業省は、「グローバルな投資家との対話では、8%を上回るROEを最低ラインとし、より高い水準を目指すべき」と具体的数値目標まで挙げました。

2015年6月には、上場企業側にも、「稼ぐ力」を強化する『コーポレートガバナンス・コード(上場企業が守るべき企業統治の行動規範)』が適用されました。本『コード』は、「(従来取組みが求められて来た)企業におけるリスクの回避や抑制や不祥事の防止といった側面を過度に強調するのでなく、『攻めのガバナンス』の実現を目指すもの」とし、5つの原則(1.株主の権利・平等性の確保、2.株主以外のステークホルダーとの適切な協働、3.適切な情報開示と透明性の確保、4.取締役会等の責務、5.株主との対話)を定めています。

重要な点として、第1原則では、「株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備」など株主主権の強化を、第4原則では、「独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきである」「(全体の)少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要」と経営陣から独立した「独立社外取締役」の強化を、そして、第5原則では、「収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである」とROEの目標提示を要求しています。

要は、ROIC/ROEの目標を設定し、そのための具体策として「経営資源の配分」、すなわち、目標を達成できない事業の縮小・撤退や高収益の期待できる事業を伸ばす新規投資とM&Aなどを明確にせよということです。そして、その推進として、労働者を職場に固定化せず、職場から流動化させるために、「一つの企業に長期勤続し、配置転換を受け入れながら働く…従来の雇用システムの解体」(2013年5月『日本再生ビジョン』・『中間報告』)という終身雇用システムの破壊と、さらに、投資効率を高めるため、従業員一人当たりの付加価値を上げる「ホワイトの生産性向上」とを迫るものでした。

『コーポレートガバナンス・コード』は、企業に対する法的拘束力はありませんが、政府によって「企業のあるべき姿」が定められたものなので、上場企業として生き延びていくためには、遵守しないわけにはいきません。

本『コード』は、安倍内閣のもとでの「成長戦略」の閣議決定を受けて更新されています。最新は、『2018年6月版』が公開されており、たとえば、先ほど紹介しました第5原則のところは、「収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである」と、より具体化されています。

以上、2010年代の企業経営の時代背景を見てきました。「新自由主義」の流れの中で、安倍内閣と財界がそれに乗り、さらに推進している状況です。その道は、コロナ禍のもとで、働く人々と地域経済・社会との矛盾をいっそう深め、決して明るい未来はないでしょう。


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