TPPを考える

政府財界はTPPに加盟する理由として「国際競争力を高める。」「バスに乗り遅れるな。」と言っていますがそれは本当でしょうか。

1.TPPとは

(1) TPPとは
 

Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの略で、日本語では「環太平洋戦略的経済連携協定」、「環太平洋連携協定」とも言います。参加国の間で関税(輸入にかかる税金)を一切なくそう、関税以外でも経済のあらゆる国境を取り払おう、という協定です。
はじめはシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国の間で交渉が始まりました。
それにベトナム、オーストラリア、ペルー、マレーシア、アメリカが加わって、現在9か国で交渉が進められています。
日本は2011年11月ハワイで行われたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、野田首相が「交渉参加に向けて、関係国と協議に入る」と宣言しました。

(2) TPPとFTA(自由貿易協定)は違う
 

TPPもFTAも経済連携協定です。経済連携協定とは特定の国や地域間で「関税」を撤廃し、地域内での経済協力をほかのブロックに比べて活発化させる取り決めのことです。
しかしTPPがFTAと決定的に違うのは、FTAはお互いの国情に合わせて譲られない分野を例外とし、残りの分野で関税撤廃などを広げるのに対し、TPPは米など農産物を含む一切の例外を認めないということです。

(3) 非関税障壁も撤廃するTPP
 

TPPに入ると「関税」を撤廃するだけではなく「非関税障壁」も撤廃しなければなりません。
海外に物を売りたい人にとって「関税」以外の邪魔ものは、全て「非関税障壁」になります。
例えばポストハーベスト(収穫後の農業処理)の規制、BSE牛肉規制についても「非関税障壁」となります。規制を緩和せよ、輸出を認めよとなります。
さらに、「健康保険」というサービスを日本に売り込みたいアメリカの保険会社があったとします。
ところが日本には国民皆保険制度があるので、アメリカの「健康保険」など誰も買いません。
これは「非関税障壁」にあたるため、TPPに加盟すると「国民皆保険制度を廃止せよ」などと主張されかねません。

2.メリット・デメリット

(1) 大手企業にとってのメリット
 

TPP参加によりTPP加盟国間の原材料もしくは半製品の輸入にかかる関税が撤廃されるのでコストの削減が図られ、メリットを享受することが出来ると言えます。

(2) 商社にとってのメリット
 

輸出を手がける大手商社は取引範囲が拡大しますからそれだけで商機が広がります。
TPPによって貿易障壁のない「商圏」が広がります。
TPP加盟国との貿易はすでに「貿易」ではなく「同一国内における取引」として国内とほとんど変わらない商取引が可能となります。

(3) 農業にとってのデメリット
 

日本の農業は現状でも、かなり危機的な状況です。
日本の食料自給率は、39%(2010年)でそれがさらにTPP参加で13%に低下すると予想されています。
海外の大規模化が進んだ農家と競えば、当然日本の農業は崩壊してしまいます。
食品の確保が永続的に保障されない状況において、自国の農業を崩壊させてしまうことは将来にわたって禍根を残します。農業の問題は農家だけの問題ではなく、国民全体の問題です。

(4) 労働者にとってのデメリット
 

非関税障壁が撤廃されると「労働力の移動」も自由化されます。
TPP加盟国から賃金の低い労働者がどんどん日本にやって来ます。
日本の労働者の賃金相場はさらに下がっていきます。

3.加盟国、交渉参加表明各国の特徴と思惑

(1) ブルネイ、シンガポール、ニュージーランド
 

人口が少なく、国内市場が小さいため、経済活動の多くを輸出に依存しています。
国内市場が小さいから関税撤廃などを行ってもデメリットは極めて小さく、同時に国際競争力のある輸出品を持っているので、TPPで大きなメリットを享受できる国々です。
ブルネイ:石油・天然ガスなどの地下資源が豊富な国
シンガポール:人口約500万人の小さな国で、古くから東西貿易の拠点と同時に工業製品の輸出も多い豊かな国
ニュージーランド:人口約440万人が日本の国土の3/4の土地に住み畜産と農業の盛んな国

(2) マレーシア、ベトナム、チリ、ペルー
 

人口が比較的多いものの一人当たりのGDPが1万ドル以下で国内市場が小さいのが特徴です。
外貨獲得や経済成長がこれからの課題で輸出の増大が国益に直結する国々です。
マレーシア:人口約2800万人で、農林業及びスズ、原油、LNGなどの地下資源が豊富な国
ベトナム:人口約8600万人で、国土は日本よりやや狭く、軽工業がさかんな国
チリ:人口約1680万人で国土は日本の約2倍、ラテンアメリカで最も工業化された国の一つ
ペルー:人口約2850万人で国土は日本の約3.4倍、銅・亜鉛・銀などの鉱業と農業が中心の国

(3) オーストラリア
 

国内市場が大きく国民に購買力があるため、内需だけでも国内市場をまわすことができる国です。
国際的に輸出競争力を持つ輸出産品があるため輸出を増やすことが喫緊の課題になっています。
人口約2200万人国土は日本の約20倍で、鉱業および農業に輸出競争力を持つ国です。

(4) アメリカ
 

TPP参加表明国のなかで異彩をはなっているのは何といってもアメリカです。
人口約3億1千万人 国土は日本の約25倍 世界最大の金融センター・軍事大国であると同時に世界有数の農業大国です。
世界最大の輸出大国であるアメリカは、非課税障壁により最大のメリットを享受できるのです。

このようにTPP加盟国や交渉参加表明国をみていくといずれの国も輸出に依存しています。
つまり、関税撤廃のメリットを享受出来ます。
ここに日本が参加したらどうなるでしょう。
 

GDPのシェアを見てみると、米国が70%弱、日本が約24%弱、残り8カ国が9%強にしかなりません。
これは実質、日米の自由貿易協定(FTA)で、アメリカのターゲットが日本であることは明白です。

4.TPP参加で日本はどうなるのか

(1) 布製品、靴、プラスチック成型品といった軽工業品
 

安い商品が輸入されるとなると中小企業は、以下の点を迫られます。
1) 減産する。
2) 国際的価格競争力確保のためにベトナムなど人件費が安く距離も近いTPP加盟国に工場を移転する。
3) TPPで呼びやすくなった賃金の低い外国人労働者を大量に導入する。
こうなると中小企業は、完全に冬の時代に突入します。

(2) 食料品、農産物
 

TPP加盟国から安価な農産物、食肉及びこれらの加工品が日本に向けて大量に輸出されます。
外食産業や大手スーパーは原価軽減のメリットを享受できます。
しかし国内の農業、畜産業、酪農業は、極めて過酷な競争に巻き込まれます。
TPP参加によってTPP加盟諸国製がシェアを大幅に伸ばします。
ただでさえ円高で競争力のあるこれらの国の農産物や食品が、関税の撤廃でより安価になって日本に入ってくるのです。
この価格競争にのみこまれ農業自給率、農業人口は激減します。

(3) 高付加価値品、サービス業
 

現在、アメリカをはじめとする先進国に日本企業の工場が多数稼動しています。
日本企業の海外工場が生産力を高めれば「アメリカ製の日本企業製品」と価格競争をしなければならなくなります。日本企業のライバルは、先進国の企業だけではなく「日本企業自身」でもあるのです。
ショッピングセンターやデパートに並ぶ商品は海外産が中心となり、国内産のものは松阪牛、南魚沼産コシヒカリといったブランド品だけになってしまうかもしれません。
まさにお先真っ暗です。
しかし、このような状況は、TPP未参加の現在でも一部みられます。
ということは、TPP参加がさらに加速、顕在化させることになります。

5.おわりに
TPP賛成論には事実誤認が多くあります。例えば、日本の平均関税率は2.6%とアメリカより低く、農産品に限っても平均関税率約12%は決して高いとは言えません。
そしてアメリカの主要品目の関税率は低く、関税撤廃にほとんど意味がありません。
アジアの成長を取り込むと主張していますが、中国・韓国・インドはTPPに参加表明していません。
需要不足と供給過剰が持続するデフレのときに、貿易自由化のような競争を激化し、海外からの供給を向上させるような政策は、さらなる実質賃金の低下や失業の拡大を招きます。
TPP参加は「バスに乗り遅れるな」ではなく、乗ってはいけない「バス」です。
輸出主導に固執する経済成長はアメリカの利益と一部輸出企業の富を増大するだけで、貧富の格差を拡大させます。
日本国民の将来を考えるなら、TPP参加による輸出主導の経済成長を目指すのではなく、内需主導の経済政策を目指すべきです。

(12.05.29)