「ミッションステートメント」を出したはいいけれど、

大切なことを忘れていませんか?

 

 2007年5月28日、川重はグループ全体の経営の羅針盤として「カワサキグループ・ミッションステートメント」(以下「MS」と略)(*1)を制定したと発表しました。またこの「MS」は従来の「経営の基本理念」に置き換わるものとしています。
 何故いまこのような企業の基本方針が作られるのか、また企業に求められるものは何なのか考えてみたいと思います。

1.企業の社会的責任

 これまでの歴史が示すとおり、産業革命以来企業は利益を追求するために時として違法行為や社会的モラルに反する行為、汚職、談合、粗悪品の販売、多発する労働災害、公害をはじめとする環境破壊などを行ってきました。
 これらに対して、必要な場合は法律による制裁などの一定の処置が取られてきたわけですが、近年になって企業に対するより厳しい目が注がれるようになり、いわゆる「企業の社会的責任」(Corporate Social Responsibility)が問われるようになりました。
このような背景から、企業としても自らの活動が社会に与える影響を考慮して、社内のルールを定めて「自主的」に襟を正す宣言を出すようになりました。
 しかしながら今回発表された「MS」はそうした世間の目に耐えうるものなのでしょうか。
*1 カワサキグループ・ミッションステートメント
グループミッション

『世界の人々の豊かな生活と地球環境の未来に貢献する"Global Kawasaki"』
川崎重工グループは、広汎な領域における高度な総合技術力によって、地球環境との調和を図りながら、豊かで美しい未来社会の形成に向けて、新たな価値を創造します。

カワサキバリュー

価値創造:グローバル規模での社会・顧客の価値創造をカワサキバリューとする
独 自 性 :独自性・革新性・先進性をカワサキバリューとする
最高品質:世界最高レベルの機能・品質をカワサキバリューとする

グループ経営原則

1 高度な総合技術力に基づく、高機能・高品質で安全な製品・サービスの提供を使命とし、社会と顧客から信頼される。
2 事業展開のすべての局面において企業の社会的責任を認識し、地球・社会・地域・人々と共生する。
3 誠実・活力・高度な組織力と労使の相互信頼を企業文化とし、グローバルに"人財"を育成・活用する。
4 "選択と集中"、"質主量従"、"リスクマネジメント"を指針とし、収益力と企業価値の持続的向上を図る。

グループ行動指針

1 長期的・多面的・グローバルな視点に立って思考し、行動する。
2 革新を旨とし、高い目標を持って困難な課題に挑戦する。
3 夢と情熱を持ち、目標の実現に向け、最善を尽くす。
4 高い倫理観と優れた人格を持ち、社会と人々から信頼される企業人となる。
5 自己練磨を怠らず、自ら考え行動する「自主独立のプロフェッショナル」となる。
6 誇りと喜びを共有する、「チーム・カワサキ」の良きメンバーとなる。

 一見してわかるように、社会的責任を自覚し、改善していくような表現はまったくありません。唯一、グループ経営原則の「2」の中に「企業の社会的責任を認識し、地球・社会・地域・人々と共生する」という言葉にそれらしきものが感じられる程度です。しかし全体の基調としては「良い製品を世界に送ることが『カワサキ』の使命」とでも言うべき、キャッチコピーの色彩が前面に出ています。

 いま、川重では橋梁、水門、トンネル換気装置、ゴミ処理設備などの談合に、他の大手重工業と並んで加わっていたことが明らかとなり、世間の批判を浴びています。そうした流れの中での「MS」制定なのですが、これらの解決に結びつくような文言はありません。
 ところで川重には「MS」とは別に2003年に定められた「川崎重工業企業倫理規則」(*2)というものが存在します。
*2 川崎重工業企業倫理規則(第2条)

1. 企業人としての倫理規範の実践

業務に対して、真実に立ち、正しいことを行う。

2. 人格・人権の尊重と差別の禁止

快適な職場環境を作り、これを維持するため、すべての人々の人格と人権を尊重し、いわれなき差別、セクシャルハラスメント、部下のいじめ等の行為を行わない。

3. 環境保全の促進

限りある資源や自然を大切にし、地球環境への負荷低減を図るため、資源・エネルギーの節約、廃棄物のミニマム化、資源リサイクル促進ならびに環境汚染防止等に自主的かつ積極的に取り組む。

4. 適正な会計処理

企業活動の記録・会計処理は、法令・規則等に定められた正しい基準に従って行う。

5. 法令および社会のルールの遵守(コンプライアンス)

コンプライアンスの重要性を認識し、コンプライアンスに積極的に取り組む。


 この「倫理規則」に照らして見たとき、カワサキグループが現実に起こしているのは、談合に加わり、未だにセクハラが根絶しないなど、この規則に反することです。「MS」で将来をバラ色に描くことばかりが強調されていますが、もっと足元を見るべきでしょう。
 談合問題で社長は株主総会で謝罪を述べました。また確かに「営業停止」などの制裁処分は受けましたが、原因究明は何ひとつ行われていませんし、社内での厳正な処分を行うこともなかったのです。逆に談合がきっかけで先行きが見込めなくなった橋梁・水門事業からの撤退を決めただけです。もし真剣に取り組むというなら、不祥事が起こった原因と再発防止策を社内外に公表すべきです。

 それともうひとつ問題点を指摘するならば、川重グループの社員に対する待遇、労働環境をどうするかについては全く触れられていません。
 今労働者は長時間・過密労働に苦しんでいます。川重本体の平均総労働時間は2年連続2100時間を越えていますし、過重労働によって精神障害の患者も増え続けています。さらに「TAR-GET」という成果主義賃金制度が労働者に重くのしかかっていますが、これに対する不満が表面化しています。
 しかし「MS」では、「グループ経営原則」の3.で「グローバルに"人財"を育成・活用する」として、社内誌「かわさき」No.179の解説にあるように、「雇用の多様化」が背景にあるとして「ヒトの面でもグローバル化」が課題であるとしています。すなわち、派遣社員など非正規雇用の拡大や外国人労働者の積極的登用で、労働コストの削減をねらっています。
 もし「倫理規則」2.の「快適な職場環境を作り」たいというのなら、また、「MS」のグループ行動指針にあるような人材を求めたいのなら、人権を無視し、労働者を苦しめるような長時間・過重労働をやめ、安心して働ける制度・人作りをすべきです。

2.企業の行動を規制する国際的動き:国連の「グローバルコンパクト」

 現状はともかく、何故いま川重は「MS」のような社内ルールを制定するのでしょうか?
 もちろん談合などで低下した社会的信用を回復し、また社員の士気を高めたいというねらいがあります。それと同時に、世界規模で高まる企業の社会的責任に対する企業の対応を明文化し、制度化しようという動きが進んでいるからです。

 日本では、財界全体としても企業のモラルを重視するとして1991年9月に経団連が初めて「企業行動憲章」を定め、その後数回の改訂を経て2004年5月に今のものが作られました。この流れの中で、川重を含む多くの企業が似たような倫理規定を設けています。しかし、いずれも各企業バラバラの「自主的」規則でしかありません。
 世界レベルでは制度の国際化へと動いています。そのひとつが国連の提唱する「グローバルコンパクト」(*3)です。

 「グローバルコンパクト」は2000年7月、最初は9原則として発足し、その後2004年6月に現在の10原則になりました。参加団体は国連に10原則を認める書簡を送るとともに、実際の行動として、1.世界中のビジネス活動に10原則を組み入れる、2.国連の目標を支持する行動に対して触媒の役目をする、ことを約束します。そしてその行動実績を公表します。もし2年間何の実績もなければ参加団体のリストから外されます。
 「グローバルコンパクト」そのものは規格ではありません。よって監査を受けることもありません。ただ、公表された行動実績について第三者からコメントすることができるので、一定の歯止めはかかっていると考えられます。
 そうした、ややゆるいとも思える制度ですが、世界レベルでの参加団体数は公表されていないものの、2007年7月現在日本が参加してる企業数は53社にのぼっています。但し川重は参加していません。とはいえ参加企業はこれから増えていくことでしょう。
*3 グローバルコンパクト

人権
 原則1.企業はその影響の及ぶ範囲内で国際的に宣言されている人権の擁護を支持し、尊重する。

 原則2.人権侵害に加担しない。

労働
 原則3.組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする。

 原則4.あらゆる形態の強制労働を排除する。

 原則5.児童労働を実効的に廃止する。

 原則6.雇用と職業に関する差別を撤廃する。

環境
 原則7.環境問題の予防的なアプローチを支持する。

 原則8.環境に関して一層の責任を担うためのイニシアチブをとる。

 原則9.環境にやさしい技術の開発と普及を促進する。

腐敗防止
 原則10.強要と賄賂を含むあらゆる形態の腐敗を防止するために取り組む。


 このように強制制が低いにもかかわらず、日本の企業が「グローバルコンパクト」に名を連ねようとする背景には、経済の国際化の中で信用性を高めたい、あるいは取引を認めてもらえないのではないかという圧力があります。国際規格として品質に関するISO9000シリーズ、環境について定めたISO14000シリーズの取得が広まっている理由と同じことです。
 もっとも日本企業の場合には参加する前提条件に弱点を抱えているケースがあります。その典型は人権侵害です。ここ数年来、大手企業での思想差別を断罪する判決や、川重における「近藤事件・賃金差別事件」の勝利和解のように、会社側から解決を申し入れることが多く見られるのは、労働者との紛争を抱える企業の国際的信用度が落ちるという理由があるからです。

 なお、この「グローバルコンパクト」についての規格化、すなわち第三者による監査によって認定を行うという仕組みにする動きはありません。日本の財界などは、日本経団連の「倫理規定」もそうですがあくまで「自主的」ということにこだわって規格化には反対していますし、ISO(国際標準化機構)は企業が出資している団体だから実効性が乏しいという意見もあります。

3.「グローバルコンパクト」のその先:労働組合の国際組織がすすめる「国際枠組み協約」

 国際的動きとしての「グローバルコンパクト」については先に述べたとおりですが、さらにすすんだものとして、労働組合の国際的組織が推進している「国際枠組み協約」があります。
 これは企業の行動に対して労働組合側が積極的に関与し、特に多国籍企業に対する横暴を規制しようとする、各企業と国際産業別組織(Global Union Federation)との間で締結される労働協約です。
 2006年12月現在、締結した企業はヨーロッパを中心に50社で、大手自動車産業の「ダイムラー・クライスラー」も名前を連ねています。ちなみに日本企業はまだゼロです。日本でも取り組みがされたことはありますが、企業側の頑強な抵抗があるためですが、世界に名だたる大企業がありながら、国際的に見てゼロというのは異常です。
 「国際枠組み協約」は、従来の企業が作る規範や「グローバルコンパクト」に加えて、以下のような項目が追加されています。
−ILO(国際労働機関)の中核的労働基準のすべてを承認している
−取引・下請企業にも適用する

 以上見てきたように、世界の企業の不法な行動を規制する流れは、川重の「MS」のようなあいまいかつ宣伝効果だけをねらったものとはまったく違った、時代と共により進んだ方向に動いています。今こそ川重は、きちんとした問題の解決と世界に誇れる実効のある行動基準を定めるべきではないでしょうか。

(07.08.02)