ROIC(会社業績)増大で賃上げとなるのか?

 

 最近、川重の職場では「ROICが上がったのに賃金がそれほど上がってない」、「播磨、明石や岐阜などの工場で設備投資が盛んなのに賃金アップになってない」などの声を耳にします。一方、2006年度から5年間の川重の中期経営計画では、業績が好調なためか3000億円の設備投資が行われるといいます。

 川重では各カンパニーのROIC(投下資本利益率)に基づいて業績評価が行われており、労働者の賃金が左右される仕組みとなっています。ROICの数字つまり会社の業績によって労働者の賃金が左右されることは、経営に直接関与できない多くの労働者にとって納得できることではありません。

 そこで、ROICの数字が増加している(会社が儲かっている)のに何故労働者の賃金が上がらないのかを考えてみました。

川重のROIC(投下資本利益率)とは何か?

 ROICは企業経営を評価する尺度の一つとして用いられている経営学でいう指標ですが、一言でいうと利益÷投下資本で表わされます。つまり、ある期間において、投下資本に対してどれだけの利益を得たかを表す指標で、高いほど良い経営と言われています。
 投下資本と利益の中身については色々な考え方があるようですが、川重の採用している定義は(1)式です。

 
税引き前利益+支払利息
 
ROIC=
・・・・(1)
 
投下資本
 

出典:川重HP資料 中期経営計画「Global K」(2006年9月)

 川重の資料では、分子と分母の中身についての詳しい説明がありませんので、どのようにして決めるのかを調べてみました。いずれも有価証券報告書の連結財務諸表等に記載されている数字なのですが、具体的に報告書のどこに記載されているのかを素人が探し出すのはやっかいです。

 先ず分子の中身ですが、税引前利益とは報告書の連結財務諸表等にある連結損益計算書に記載されている数字です。また、支払利息とは同計算書の営業外費用の一部です。

 次に、分母の投下資本も川重資料に詳しい説明がありませんが、一般的には自己資本と他人資本の合計と言われます。自己資本とは連結財務諸表中の(純資産の部)純資産合計の数字です。他人資本とは他人からの借入金(負債)で、利子を支払わなければならない借金(有利子負債)のことです。つまり、投下資本=自己資本(純資産)+有利子負債です。中期経営計画には99年度から05年度の有利子負債と自己資本の数字が記載されています。
 以上、ROICについてまとめると(2)式となります。

 
税引き前利益+支払利息
 
ROIC=
・・・・(2)
 
純資産(自己資本)+有利子負債
 

 川重の中期経営計画では、ROIC目標を2006年度8%(見通し)から2010年度14%に増大させるとしています。
 ROICを大きくするということはどういうことでしょうか。ROICを大きくするには、次の2通りが考えられます。

1.分子で考えると、税引前利益あるいは支払利息を大きくする
2.分母を考えると、純資産あるいは有利子負債を減らす

 2005年度の実績数字をもとに、税引前利益と純資産を一定として支払い利息を変化させROICの試算をしたのが表1です。
 負債(借金)を仮定1から3のように増減させROICがどう変化するのかを見てみました。

仮定1: 有利子負債と支払利息がともに2005年度実績の2倍になった場合
仮定2: 有利子負債と支払利息がともに2005年度実績の1/2倍になった場合
仮定3: 有利子負債と支払利息がともに0、つまり負債=0になった場合

表1 ROIC試算表           (単位:億円、%)
  2005年度実績 仮定1 仮定2 仮定3
税引前利益 233 233 233 233
支払利息 54 108 27 0
純資産(自己資本) 2,375 2,375 2,375 2,375
有利子負債 3,198 6,396 1,599 0
ROIC(%) 5.1 3.9 6.4 9.6
注1)税引前利益と支払利息は2005年度有価証券報告書に記載のデータ。
注2)支払利息は有利子負債に比例するとした。

 ROICを大きくするには分子で考えると税引き前利益を大きくし支払利息も大きくすれば良いことになりますが、表1の結果から、支払利息が大きくなるということは、金利が一定なら、有利子負債も同じ割合で増えるので、結局ROICが低下することになり、支払利息は少ない方がよいと言うことになります。つまり、借金を極力減らして儲けるということです。

 仮定3のように、理想的な無借金経営の場合はROICが最大となり、(2)式において、支払利息と有利子負債がともにゼロになりますから(3)式に単純化されます。

 
税引き前利益
 
ROIC=
・・・・(3)
 
純資産(自己資本)
 

 企業経営とは利益を上げその利益を純資産(自己資本)として貯め込むことですから、分子の税引前利益が増えれば分母の純資産も増えることになりROICが限りなく増加することはあり得ません。利益を設備投資にまわすことで純資産も増えます。結果として、ROICは業種によって頭打ちになると考えられます。

ROICの本当の意味は何か?

 以上で、結局ROICは利益を資本で割ったものということが分りました。
 ところで、ある製品を生産するには工場や機械などの生産設備とそれを動かす労働者が必要です。したがって、資本には生産設備を得るためと労働力を得るための「2つの資本」が必要となります。

 しかし、会計では純資産は資産から負債を除いたものですから、企業が労働力を得るために支払う賃金その他が示されておらず、「2つの資本」のうちの一方が隠されています。

 一方、(3)式によると、ROICを増やすためには先ず利益を増やす必要があります。製造業の場合、利益とは売上から売上原価(製造原価)を引いたものですが、売上原価の中身は原材料費、人件費(賃金)、その他経費です。したがって(3)式は(4)式と見なせます。

 
売上−原材料費−人件費(賃金)−その他経費
 
ROIC=
・・・・(4)
 
純資産(自己資本)
 

 企業は利益を増やすために売上原価を減らそうとし、原材料費や人件費(賃金)を削減しようとします。したがって、ROICを増やすために企業は人件費(賃金)を減らして売上原価を減らそうとしますから、ROIC増大と労働者の賃上げは両立し得ないのです。
 結局、ROICに基づいて賃金を決めるということは賃金引下げにつながることになります。

(08.02.27)