企業の社会的責任

−その過去・現在・未来−

 

 「企業の社会的責任」(Corporate Social Responsibility、以下「CSR」と略す)ということが世間に広く知れ渡るようになりましたが、その本当の姿、すなわち企業が守るべきルールや規範、また社会の中で果たすべき義務が具体的にどのようなものなのか、詳しいことはあまり語られていません。
 そこで本稿では雑誌「経済」2008年9月号に掲載された法政大学名誉教授、角瀬(かくらい)保雄さんに対するインタビューを参考にしながら、「企業の社会的責任」とは何かということを、その歴史をたどりながら、そのあるべき姿をクローズアップしてみたいと思います。

1.CSRとは

 一般的にCSRとは、

「CSRはコンプライアンスそのものや、顧客や消費者に、その企業に対しての信頼や安心感などプラスのイメージを与えることを企図したPR活動やCI(コーポレート・アイデンティティー)活動とは峻別される。・・・CSRは企業経営の根幹において企業の自発的活動として、企業自らの永続性を実現し、また、持続可能な未来を社会とともに築いていく活動である。・・・CSRは企業の自発的活動であり、あるいは企業行動に際して、社会的存在としての企業が、利害関係者(ステークホルダー)から、あるいは社会から自発的に行動するよう求められるものである」(ウェブ百科事典「ウィキペディア」より)

 とされるものです。
 しかしながら、これでは「企業の自発的活動」が具体的に何なのか明確ではありません。
 その原因は、CSRの問題が取り上げられるようになってから歴史的にまだ浅いこと、そしてその考え方が米国とヨーロッパで異なることから、一義的な説明が困難なことにあります。しかも日本ではCSRという言葉が盛んに使われるようになったのは2003年あたりからです。

2.過去−CSRのルーツ

 アメリカにおけるCSRの考え方は20世紀初め、大企業体制が成立した頃からと角瀬さんは述べています。独占に対する批判から独占禁止法が作られ、ソビエト誕生を受けて宥和的な労使関係の展開がはかられるようになったと言います。
 戦後は60年代以降、ラルフ・ネーダーなどによる市民運動からの批判が出てきましたが、「企業は株主のものである」という自発的活動としてCSRをとらえる考え方が主流になっています。従って株主に対する説明責任が中心で、株主の利益を重視するものとなっています。

 一方、ヨーロッパでは1990年代から社会的存在としてのCSRということが言われてきており、企業を環境との関係、社会のさまざまな利害関係者との関係でとらえるという考え方が主流になっています。

 では、日本のCSRはどうでしょうか。
 ご存知のように70年代からの公害問題、事故隠し、データ改ざん、談合、汚職など、企業の不祥事はとどまるところを知りません。
 このことを角瀬さんは「社会的無責任経営」と評しています。
 世界的にCSRが叫ばれる中、2004年に日本経団連もCSRを一定程度意識した「企業行動憲章」の改定を行いました。ただ、その認識はアメリカ寄りといわれます。しかし実態として「経営者団体を代表してのステートメント(声明)と加盟している個別企業・経営者の言動との間に大きな矛盾があり、その矛盾については黙して語らず」(角瀬さん談)というのが特徴です。

3.現在−CSRをめぐるさまざまな動き

 CSRは現在もその内容についてさまざまな団体・組織からの提言、ルール化がなされています。ただし、残念ながら日本がイニチアチブを取っているようなものはありません。

 まず、世界的なCSRの基準づくりで積極的に活動しているのは国連です。
 国連が提唱しているひとつの基準は「グローバル・コンパクト」(Global Compact)です(本HPの「ミッションステートメント」の中で紹介)。これは人権、労働基準、環境など10項目にわたる原則を守ると誓約した企業は、その事実を企業の文書に明記することができるものです。
 もうひとつ、CSRとは別に「社会的責任投資」(Socially Responsible Investment)という考え方があって、投資するにふさわしい企業を、経済面だけでなく社会面、環境面から評価しようというものです。この基準を定めた国連の「責任投資原則」(Principles for Responsible Investment)があります。この基準に署名した世界の機関投資家は255あるといいます。

 また、ILOでは、「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)」の実現ということが最近の大きなテーマになっています。2007年には「持続可能な企業の振興」という課題が提起されています。ちなみに2008〜2009年は男女平等が中心です。

 こうした中で、企業のCSR活動に対する評価をする動きがありました。
 「ニューズウィーク」日本版2008年2月13日号に世界350社のCSRランキングが掲載されました。トップはスイスの鉱山大手「エクストラータ」社です。2位には日本の「シャープ」が選ばれています。環境関連で太陽電池の売り上げが世界一になったことが評価されたようです。その他「パイオニア」と「凸版印刷」が10位タイ、「松下電産」(現「パナソニック」)が24位、「キヤノン」は278位、トヨタは322位です。
 但し評価の中にある「従業員」の得点は、非正規雇用の問題を正しく評価しているかという点で疑問があります。

4.未来−今後の課題

 CSRそのものはまだ発展途上にあり、今後色々な動きがあると考えられます。その中には政府や国際機関からの提言、企業サイドからの逆流、あるいは市民運動などがこれからも出てくるでしょう。それらのひとつとして、労働側からの問題提起、特に賃金や雇用問題があります。
 先に書いたように、「ニューズウィーク」のCSRランキングでは「従業員」の得点を過小評価しているのではないかという疑問があります。
 ILOの場では日本の使用者側がCSRを企業の自主性・自発性にまかせよという主張を行っています。これに対して労働者の側からのたたかいで、法規制をしないと企業はCSRに積極的に取り組みません。国連の「グローバル・コンパクト」やILOがすすめる「ディーセント・ワーク」のような国際基準、規制や、各国国内での法規制、さらには多国籍企業に場合はその規制を進出国にも適用させるということも必要になるでしょう。

 CSRをISOの国際基準の中に取り込もうという動きもあります。既に環境マネジメントシステムのISO14000がありますが、CSRについてもそのような話があります。しかしそれは色々な抵抗があってまだ実現していません。

 いずれにせよ、CSRの実現と発展は企業が存続していく上での社会からの規制なしにはできません。日本の財界などは、環境問題での態度と同様にCSRをあくまで企業の「自主的」目標に狭めようとしています。その点で日本共産党が提唱している大企業の民主的規制は大きな役割を果たすことになると思います。
 角瀬さんは「日本社会の『ルールなき資本主義』の現状を打破し、『ルールある経済社会』をつくるために、CSRの積極的な意義を生かしていかなければならない」と語っています。

(08.10.25)